ようこそ
Yoga Water Flowへ
星の数ほどあるヨガクラスの中から、私のヨガに興味を持って頂きとても嬉しいです。
私自身のお話をする前に。。。
今から3つ質問するので、自分に正直になって答えてください。
セルフケアしたいけど時間がない。でも、このままの生活が続いたら、未来の自分はきっと後悔すると思う。
〇〇したい!と思いながら、でも私なんて…と誰かと自分を比較したり、環境を理由にして何かを諦めた事がある。
ヨガはしているけれど、哲学や瞑想、呼吸法については全然分からない。もう少し知識を深めたい。
もしも、いずれかの答えがYESだったあなた。
ぜひ、このまま読み進めてください。私のヨガを気に入って貰えるかと思います
Yoga Water Flowとは?
固まったり、液体になったり、形が自由で柔軟な水。
流れることで余分なものを取り除き、よりピュアで綺麗な状態を保てる。
そこから私のヨガも水のように柔軟で、強くも優しくもなれる、そして自分を見失わずピュアな状態でいれるように。という思いを込めてこの名前を付けました。
Yoga Water Flowの目的
心と身体と思考を柔軟にし、自分にゆとりを持つ。
自分と向き合う事で、自分を知り、自分を整え、自分らしくハッピーに生きる。
そんな状態を求める誰かの助けになる、という思いでこのプロジェクトを始めました。
Yoga Water Flow が大切にしている6つの軸
瞑想
瞑想は自分を見つめる練習。あふれる感情にとらわれるのではなく、「出来事」「事実」に目を向ける。
アーサナ(ポーズ)
伝統的なアーサナを伝えながらも、怪我をしないよう、安全性を重視した丁寧な指導。常にオプションを提示して、体調やレベルによって選択できるクラス。
呼吸
呼吸を意識することで、心や感情の動きに気づく。心が動くと呼吸も変化する。それが分かれば、自分の呼吸で心を落ち着けることができるようになる。
交流
私や他のメンバーへ自分の思考を言葉にしてアウトプットすることで、頭の整理ができ、知識を更に根付かせる。私とも、仲間同士でも絆が芽生えるような関係を築く。
哲学
誰かと比較せず、自分らしく生きる方法、本当の自分を見つけるヒントを学ぶ。違う角度からの視点や考え方を知る事で、柔軟な思考のベースを作る。
栄養学
身体の基本は食べ物。アーユルヴェーダの知識と管理栄養士の経験を活かして、食の面からも身体を整える方法をアプローチ。
瞑想って少し怪しい?未知の世界は少し怖い?
私も前までそう思っていました。
Yogaと出会う前の私について、お話させてください。
ハイサイ
私の名前は礼華(あやか)、生まれも育ちも沖縄の島人です♪
今でこそヨガ講師をしていますが、子どもの頃から本当に身体が硬くて…学校では先生に「ふざけるな!」と怒られるほどガチガチの身体でした。
それが災いして、とうとう高校生の時に靭帯を傷める大怪我をしてしまいます。
病院の先生に言われたのは「とにかく身体が硬すぎる、これをしなさい」とヨガの動きを教えてもらいました。当時はこれがヨガの動きとは知らず、ストレッチと思っていた私。
毎日2時間のストレッチを続け、高校卒業する頃には、だ~いぶ身体が柔らかくなっていました。
手に職を!管理栄養士目指し長崎の大学へ
那覇から拠点を移して長崎へ。栄養学を勉強しながら、大学時代に始めたのがホットヨガです。友達に誘われれて通い始め、すごくキツイ!と思いながらも通った理由は…
「私もこの先生みたいに細くて綺麗になりたい」
それだけでした。
その為、ヨガをしていても自然と隣の人と勝負していたり、友達よりも耐える!みたいな思いがあって、意識を内に向けるなんて、とんでもない!といった感じ。終わった後は毎回ドッと疲れ、汗をかくことにやりがいを感じていた当時の私です。
身体や心の変化など分からないままに、大学4年生になり、一時は定期的に通ったヨガも国家試験の勉強で足が遠のいていきます。
月日は流れ大学を無事卒業、国家試験にも見事合格し、晴れて管理栄養士としての道を歩み始めます。
病院栄養士としての忙しい日々、
ケア不足の毎日に疑問が・・・
就職してからは、学生時代悩まなかった肌荒れに頭を抱え、メンタルよりも外側のケアに一生懸命の毎日でした。そんな日々を過ごしていると、好きだったはずの仕事に疑問が生じ、自分の想いとのギャップが出てきました。
患者さんの為であるはずの業務が、病院運営の為の点数稼ぎに感じてしまったり。死と隣り合わせの病院業務に苦しくなったり、儚い人生を目の当たりにして私って何したいのかな?と考えるように。
管理栄養士という資格を持ちながら、調理業務はほとんど分からず。患者さんに偉そうに栄養指導をしながら、自分のケアはおざなりな毎日。このままではいかん!と感じた私は転職を決意します。
心機一転、離島生活で出会い!
3年務めた病院を退職、生活の拠点を那覇から伊江島へ移し、晴れて学校栄養士となった私。
病院での病態管理から一変、小学校で給食の献立作成やら、幼稚園児~中学生に対しての食育指導が主な業務となりました。
その赴任先の島で出会ったのがALTのアメリカ人の先生。年齢も近い彼が、バックパッカーで世界を旅した経験があった為、当時の話をよく聞いていたんです。
アメリカ人なのに母国の食事が口に合わず、文化が合わず、違和感を感じていた彼は、世界を見たくなって、バックパッカーとして世界を旅したんだ。と楽しそうに話してくれました。
「母国を飛び出したら、人生変わるなんてもんじゃない!日本食が自分に合うと知ったのもそのおかげ!」
彼の言葉に胸を撃たれた私。彼の経験を聞いてるうちに、海外への憧れがフツフツと再沸騰したのです。
海外への憧れ、安定を手放す不安
いやいや。私は学校栄養士として安定した人生を歩むんだ。と心を落ち着かせ、採用試験に向けて勉強に励む日々。しかし、毎年受けていた学校栄養職員の試験にまたも不合格。自分に自信が無くなり、みるみるネガティブ思考に。
一生臨時職員?人生このまま?それは嫌。
いろんな事が重なり、仕事に対する自信や、情熱が薄れ、栄養士という職業から離れたくなっていました。
夢だった留学、行ってみようかな?
今逃したら、本当に一生このままかも。やりたい事、今のうちにやってみる?!
どうせ留学するなら、自分のスキルになるような留学がしたい。と思ってネット検索していた所、見つけたのが…
「ヨガ留学」
趣味で続けていたヨガを本気でやろう!ヨガ×栄養学で私の強みも活かせる!そこに語学が加われば、今よりも大きく何かが広がるんじゃないか!?
安定職を捨てて三十路前にヨガ留学?大丈夫?と思っている自分と、昔から憧れていた海外留学、今じゃ無かったらいつ行くの?一生行かないかも。と思っている自分が頭の中で討論。結果、夢への情熱が勝利し、決めたからには腹をくくろう!と、後戻りできないように留学費用の前金を払っていました。
出発を1年後に決め、それまでは貯金とヨガのスキルアップ、英語の勉強に時間を使おう!と決意したのが2016年の夏。それから丸一年、英語塾に通い、ヨガの知識をこれでもか!と頭に叩き込み、できる限りの準備をしました。
2017年10月、バイロンベイへ
28歳にして人生初の留学。バイロンでの生活は毎日が刺激的でした。ヨガの学校が始まる前に、3か月間語学学校へ通ったのですが、そこで出会ったのが、未来の旦那さん、スペイン人のウナイです。30歳目前にして、また学生に戻る生活。外国人とのシェアハウス。驚いたのが、誰も私の年齢やバックグラウンドをそこまで気にしていないこと。今何がしたいのか、なんでバイロンに来たのか。聞かれるのはその事ばかり、私が今まで大事にしてきた栄養士としてのキャリアや、どんな大学に行って、どこで働いていたかなんてどうでも良いんだ。と衝撃でした。
自分の当たり前が当たり前じゃない!私の常識が常識じゃない。なんてちっぽけな世界で生きていたんだと痛感する日々でした。
ヨガセンターでの生活
自分の価値観や考え方が少しずつ変わり始めた頃、ヨガセンターに住み込みで働くことが決まりどっぷりヨガ漬けの生活となります。住人はほぼヨガ講師か旅人、森の中で生活をし、ビーガン食を食す。そして始まったヨガの学校。ヨガとは痩せて身体が柔らかい女性の先生、性格は穏やかで優しい人、というイメージから一変。先生も生徒も男性や、太めの人、身体が硬い人、短気な人、遅刻ばかりする人(笑)、おばあちゃん、サーファーなど本当に様々。
ヨガって年齢や性別は関係無いんだ。アーサナのレベルや知識も関係ない。いろんなセオリーはあるけど、
もっと自由で、いかに自分と向き合っているか、いかに自分の声を拾うか、それがヨガなんだ。と知りました。
旅ライフの始まり
世界中から集まるヨギーと生活し、世界中の年齢もバックグラウンドも様々な人たちと一緒にヨガを学び、私の中で新しい自分が生まれたような日々でした。
ヨガの学校を卒業してからは、パートナーのウナイと約2年半、色んな国を旅しました。
きっかけはウナイの言葉。
「世界で何が起きているのか、心地良い自分の生活と離れた場所では何が起きているのか、今まで考えた事ある?」
私の目が世界へ向いた瞬間
トラベル上級者だったウナイに連れられ、バイクで爆走したアジア旅行、オーストラリアやニュージーランドでは車生活、地元の人達とヨガをしたり、世界中から集まる旅人と交流したり、毎日新しい事を吸収し、自分が少しずつ脱皮していくような感覚でした。
自分の悩みがいかにちっぽけで、自分の事しか考えていなくかったのかと思い知らされ、違う角度から見る世界、違う視点から見る自分という存在は、今までと違いもっと自由で、柔軟で、あぁ私ってこんな事もできるんだ。と自信がついていました。
移動しながらの生活で、その土地で出会った人たちにヨガを教え、また別の土地へ。というのを繰り返していたところ、コロナになり、パートナーであるウナイの故郷、アフリカの近くに浮かぶ島、カナリア諸島にたどり着いたのが2020年7月です。
Yoga Water Flowが生まれたキッカケ
ヨガを教えたくても、スペイン語が話せず、日本人がほとんどいない街。どうしたものか。。。と思っていた時に、以前の生徒さんからオンラインしないの?と声を頂きました。
オンラインヨガなんて、誰が受けたいんだろう?ヨガは対面だから良いんだ!とオンラインを毛嫌いしていた私。でもガチガチだった私の頭も、旅とヨガのお陰でだいぶ柔らかくなり、新しい事への意欲が湧いてきたのと、ウナイの後押しもあって、
どうせやるなら対面よりいいクラスを!
ただアーサナを教えるのではなく、私の学んできた、経験してきたこと全てをお伝えしよう!身体がガチガチで、周りと比較してばかり、外側の美にばかり気を取られていた私。そんな私が、自分と向き合う時間の大切さ、自分の芯となるものを見つけ、自分を信じ、ただただ前に。
自分で選択しながら自分の人生を切り開けるようになったのはヨガと旅、この2つがとても大きいです。そんな私の知識と経験を、必要としてくれる皆さんにお伝えしよう!一緒に前に進んでいこう!と思って作り上げたのが Yoga Water Flowです。